神戸地方裁判所 平成4年(行ウ)46号 判決
兵庫県姫路市飾磨区細江三五七番地
原告
井上猪十郎
右訴訟代理人弁護士
赤松範夫
同
水田博敏
右訴訟復代理人弁護士
岩崎豊慶
兵庫県姫路市北条字中道二五〇番地
被告
姫路税務署長 十倉功雄
右指定代理人
川口泰司
同
的場秀彦
同
山崎正義
同
白木修三
同
塔村芳道
同
田頭啓介
主文
一 本件訴えのうち、被告が原告に対して昭和五七年一月三〇日付けでした相続税の更正処分につき一五四万二、九〇〇円を超えない部分の取消しを求める部分を却下する。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告が原告に対して昭和五七年一月三〇日付けでした相続税に関する更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、被告が原告に対してした相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、両処分を併せて「本件処分」ともいう。)は、原告が承継した相続財産の範囲を誤った違法があるとして、原告がその取消しを求めた事案である。
二 本件処分の存在等(当事者間に争いがない。)
1 井上惣次郎(以下「惣次郎」」という。)は、昭和五四年八月二六日死亡、同日、同人を被相続人とする相続(以下「本件相続」という。)が開始した。
原告は、惣次郎の三男であって、法定共同相続人の一人である。原告以外の共同相続人は、惣次郎の配偶者である井上冨枝、長女井上よね子、長男井上安友、次女桑田鈴子、二男井上惣平の代襲相続人(井上登志男他三名)の八名であり、原告の法定相続分は一五分の二である。
2 原告は、被告に対し、昭和五五年二月二六日、本件相続について別表一の「当初申告」欄記載のとおり納付すべき税額を一五四万二、九〇〇円とする相続税の申告を行った。
3 被告は、原告に対し、昭和五七年一月三〇日付けで別表一の「更正処分等」欄記載のとおり、原告の納付すべき相続税の額を三二七万四、一〇〇円とし、原告の申告額に一七三万一、〇〇〇円を加算するという処分(以下「本件更正処分」という。)をし、さらに、右加算に係る部分につき八万六、五〇〇円の過少申告加算税を賦課する決定(以下「本件賦課決定」という。)を行った。
4 原告は、昭和五七年三月二七日付けで被告に対して異議を申し立てたが、被告は、同年六月二二日付けで右申立てを棄却した。
5 原告は、昭和五七年七月二一日付けで国税不服審判所長に対して審査請求を申し立てたが、国税不服審判所長は、平成四年七月一日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をし、その頃、原告は、右裁決の通知を受けた。
三 原告の主張
1 被告は、株式会社井上組(以下「井上組」という。)の株式一万四、六〇〇株及び中央商事株式会社(以下「中央商事」という。)の株式一万株を本件相続財産の対象と判断している。
2(一) 井上組は、形式上、昭和三〇年九月一二日、資本金三〇〇万円で設立され、その後、同三五年九月七日一万株、同三七年六月二日八、〇〇〇株、同三八年九月二七日二万株、同四〇年一月二九日一万六、〇〇〇株の各新株発行を経て、現在の発行済株式総数は六万株である。
惣次郎は、書面上、確かに右設立時に六〇〇株、第一回新株発行時に一万株、第三回新株発行時に四〇〇株の合計一万四、六〇〇株を引き受け、各引受金等を払い込み、それぞれ株式を取得したことになっている。
しかし、第一に、右設立時には、惣次郎を含めて誰も株式引受金の払い込みをしておらず、井上組としては資本金を取り崩すことなく、設立時の株式六、〇〇〇株のすべてを無効としており、惣次郎も右六〇〇株の権利を有していない。
第二に、惣次郎は、右各新株式発行に際しても一切引受金を支払っておらず、右一万四、〇〇〇株についても名義上の株主であるに過ぎない。
(二) よって、右井上組の株式が本件相続財産の範囲に含まれるとした被告の判断は失当である。
3(一) 中央商事は、昭和三八年四月二三日、資本金一、〇〇〇万円で設立されたが、設立時の株式引受人とされている惣次郎を含めた一〇人のうち誰も引受金を支払っておらず、出資金一、〇〇〇万円はすべて右井上組が拠出したものであって、惣次郎をはじめ個人としては誰も出資していない。
(二) よって、右中央商事の株式が本件相続財産の範囲に含まれるとした被告の判断は失当である。
四 被告の主張
原告は、本件相続財産に係る相続税の申告に際し、他の共同相続人との間で、惣次郎に係る遺産について遺産分割協議が整ったとして、右遺産分割協議に基づいて相続税の申告書を被告に提出したものであるが、右遺産分割協議は無効であるとの判決が確定し、同判決の後、原告を含む共同相続人間で遺産分割協議が行われた事実はない。右の事実からすると、原告に対する本件相続財産に係る相続税額の計算上、原告の課税価格及び納付すべき税額は、相続税法五五条の規定により計算すべきことになり、仮に、原告主張の財産が本件相続財産に含まれないものであるとしても、原告がした昭和五五年二月二六日付の申告額に基づいて原告に対する本件相続財産に係る相続税の課税価格及び納付すべき税額を計算すると、別表二の「申告額を法五五条の規定により計算した場合の原告の相続税」欄の記載のとおり、課税価格は三三二九万五〇〇〇円(一〇〇〇円未満切り捨て)で、納付すべき税額は六八五万七二〇〇円(一〇〇円未満切り捨て)となり、本件更正処分により納付すべき税額とされた三二七万四一〇〇円をはるかに上回っている。
課税処分によって確定された税額の総額において客観的に定まっている税額を超えていなければ、当該課税処分は適法とされる(総額主義)のであるから、仮に原告主張の財産が本件相続財産に含まれないとしても、本件処分は適法である。
五 争点
1 被告のした本件処分は、原告主張の財産が本件相続財産に含まれるか否かを問わず適法なものであるか。
2 本件相続財産に井上組と中央商事の株式が含まれるか。
第三裁判所の判断
(争点1について)
一 当事者間に争いのない事実及び乙第一号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和五五年二月二六日、本件相続財産に係る相続税の申告を行った際、他の共同相続人との間で遺産分割協議が整ったとして暫定的に作成された昭和五五年二月二六日付けの遺産分割協議書を被告に提出したこと、右遺産分割協議は無効であるとの判決が平成二年七月一二日に確定したこと、その後、原告を含む共同相続人の間で本件相続財産の分割について改めて協議を行った事実がないことが認められる。
二 右遺産分割協議が無効であることを前提として、相続税法五五条本文の規定により、原告がした昭和五五年二月二六日付の申告額に基づいて本件相続に関する法定相続分に従って原告に対する相続税の課税価格を計算した場合、相続財産の範囲・価格を原告の申告どおりに認定したとしても、納付すべき相続税額は六八五万七二〇〇円(一〇〇円未満切り捨て)となり、本件更正処分により納付すべきとされた相続税額三二七万四一〇〇円の倍以上の金額となる。
三 ところで、課税処分の取消訴訟の訴訟物は課税処分の違法性一般であって、その審理の対象は、課税処分自体の理由にとらわれず、課税処分の認定額が納税者の実際の課税標準を上回るか否かとするいわゆる総額主義を採用しているものと解するのが相当である。
右の総額主義によれば、本件更正処分の対象とする相続税の価格につき、仮に原告が主張するように本件相続財産の範囲について誤りがあったとしても、本件更正処分の認定額が実際の課税標準を下回ることが明らかであるから、右の誤りは本件処分の適法性に影響を及ぼすことはないというべきである。
第四結論
よって、本件訴えのうち、被告が原告に対して本件更正処分につき原告が自ら申告した額である一五四万二、九〇〇円を超えない部分の取消を求める部分は訴えの利益がないからこれを却下し、本件処分はいずれも適法であって、その余の部分に関する原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 吉野孝義 裁判官 影浦直人)
別表一
課税の経緯及びその内容
〈省略〉
別表二
当初申告額に基づいて法定相続分により計算した課税価格及び税額
〈省略〉